無欲、それは苦しい

26歳OL一人暮らし

SNSの上で殴り合うおんなたち

SNS上で殴り合うおんなについて

 

めんどくさい女なんてのは存在せず、女は全部めんどくさい。

 

女は女を呼ぶわけで、女の友達は女。男から見れば女の社会は「こわそう」「悪口すごそう」とかそういう一側面しか見えないみたいだけど、女ってもっとめんどくさくて、悪口言ってもその女のこと本当に好きだったり心底憎んでたり羨望してたりする。対面でこれだけめんどくさいのに、ましてや非対面となるとその術式は複雑怪奇。女にFacebookInstagramを与えてから、21世紀はもっと複雑になった。

どんな投稿が「殴り合い」か

 

FacebookInstagramは見栄のSNSだ。毎日の毎秒を他人に承認されていたい。Facebookでは社会的に成功している自分を、Instagramでは私生活で充実してる自分を見せる。直球で自慢なんてしなくていい。ダイイングメッセージみたいに、正方形にトリミングされた画像のどこかに幸せのひとかけらを置いておくだけで良い。幸せな誰かが自分のことを同じく幸せな仲間だと思って、選んでくれる。

 

Instagram

他者と幸せを共有している様子を見せることだ。

 

例えばごはんをつくりました!と言って手作りごはんの写真を投稿するとしよう。この時重要なポイントは、ごはんが二人分あることだ。

 

本当に手作りごはんだけ見せたいのならば、「いかに美味しそうに撮るか」ということを主眼において撮影するだろう。ごはんの向こう側にいる何かを想起させる風景は撮らなくていい。しかし「ごはんなんかどうでもええんや、私がごはんを作る相手がいるのが重要なんやで」という撮影をしていれば、それは幸せのシェア。それがどんな「幸せ」なのかは、ご想像におまかせしますというものだ。

これは殴り合いのなかでもストレート。顎にパンチをくらわして速攻でダウンを取ろうとするものに入る。

 

Facebook

 

権威付けをすることだ。

 

「〜さんと一緒にいます」「こんなイベントにきました」「こんなもの食べてます」など、他人の威を借りることで、なぜか投稿者も「すごいね」「成功してるね」と見せることができる。これはボディにじわじわダメージを蓄積させるタイプ。

 

この他、ライフイベントやステータス変更で印象づけも重要である。Facebookのステータス変更は顕著な例だ。「交際中」に変更することで花火をぶち上げるパターンをいくつか見てきた。本人は「Facebookの基本データを変えただけ」とひっそり自慢をしているつもりが多いが、そんなことはない。アレはわりかしいいねやコメントがつくんで何回もタイムラインに入り、むちゃくちゃ目立つ。いいか、あれはむちゃくちゃ目立つ。腹をくくってするように。

 

殴り合っても嫌いじゃない

「そんな投稿見たくないなら、見なければいいじゃん」と思うだろうが、別に女たちはそれが嫌いなわけでもない。他者のそういう話は好きでもあるし、嫌いでもある。女たちは、投稿者の意図も理解できるからこそ女たちを憎しむと同時に、愛しく思う。

 

自分の幸せに浸っていればいいものを、「自分は幸せですよね?」と他人に承認されなければ安心できない、可哀想で可愛い女たちと分かっている。時にその意図のなかで期待されている通りの反応もしよう。しかし時には裏拳で殴らせてほしい。そんなことは両者の立場が入れ替わろうとも入れ替わらずとも、わかりきった話なのだ。

 

女はこの先ずっとSNSで殴り合うだろうけど、きっと殺しはしない。なぜならめんどくさい生き物なのだから。