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無欲、それは苦しい

26歳OL一人暮らし

老人の国

2060年、日本。ここは老人の国となっていた。

人口は9000万人を割り込み、人口の40%が65歳以上。若者は12%ほど。見回すと老人ばかり。老人が主体の泥の船となっていたのだ。

尿漏れパッドの売れ行きは最高潮!介護事業も最高潮!介護長者と言われる社長も出てきて、いかに老人に媚をうるか、金を落とさせるのかが主体となった経済の流れだ。

一方で出生率は減少の一途を辿り、産まれた子供たちは手厚く保護された。一度でも虐待の通報が入った家庭では警察が介入し、子供たちを国の保護施設にて保護するようになった。そこでは無料で上等の教育、人間関係を得られる。そのため、金が無いままに支援がないままに子供を産んだ母がわざとあからさまな虐待をおこない、子供を保護させるようにする「無責任な母」が流行っていた。

ただでさえ老人が増え、労働人口が減少している。このため企業側が労働人口の囲い込みを始めた。特に介護事業者は大金をはたき、労働人口を確保した。これが「介護の春」と呼ばれる現象である。一方で人から人気のないニッチな産業は衰退を余儀なくされ、日本の経済は思わぬ早さで衰退していく。

この日が沈む国こと日本を変える指導者が出てくる。その人物こそ「労人 平斗」首相だ。

まず平斗首相は認知症の老人に認知症マークを付ける義務づける法を策定した。認知症の老人が事故や事件を起こしていたが、老人に媚びる政治家が多かったため看過されていた。しかしここで平斗首相は「誰がどう見てもアウトや!」と言う名言を残して断固とした思いで決行するのだ。

また徘徊している認知症老人を収容し、家族からの問い合わせがない場合はニッチな産業で働かせるシステムを作った。彼らはルールに従いやすい人間性であったので通常時に仕事を教えるとそれ通りにおこなう、という非常に良質な働き手であることが判明する。

平斗首相に対しては、慈悲がないのか!老人が働けるか!という怒りの声もあった。すると平斗首相はtwitterで「はいはい煽り乙〜〜wwwどうせお前ら10年後には居ないんだから黙ってて〜〜〜〜」というtwitter煽りで若者から圧倒的支持を受けた。

この煽りや、平斗首相が断固する施策に心を打たれた若者(この時代では40歳までが若者と規定される)が、どうして老人が多いのか?いかに自分たちが老人の奴隷となっているのか気づき始めた。そこでとにかく子供を増やそう!という動きが始まる。

企業の若手達が仕切り、恋人を作れ、とにかく産めよ育てよ、育てられなかったら会社に連れてこい、という動きをした。主に都心中心の動きであったが、徐々に「子持ちのほうがオシャレ」「子持ちのほうがお金持ち」という意識が芽生え始める。日本人特有の見栄の文化から続々と赤ちゃんが産まれ、赤ちゃんは1つステータスとなった。

一方で労働できる!という意識の高い老人たちが老人ホームで赤ちゃんを見るシステムや、老人の家で赤ちゃんを見れる私設保育所を作り金儲けを始めた。老人が金を増やし、ストックしたがる欲につけ込んだ支援企業たちがマージンを貰いウハウハになり、旧型の老人贔屓の企業は衰退をしていくのであった。

ここは老人の国、日本。