無欲、それは苦しい

26歳OL一人暮らし

雨の日の輩どもよ

いつも自分が許されている、と思ってはいないか。例えばこんな自分が自撮りをアップしても許されるだとか、ポーチの中をさらけ出しても承認されるだとか。私たちは人の良心の上にあぐらをかいて時に表現していることを忘れてはいけない。

雨の日に電車のなかで傘閉じない人


電車の中で、うおっ冷たっ!て思ったら全然知らないおばはんの濡れまくりの傘がバッサー開いてて足にあたってるんですよ。あたってますよ!そして濡らしてますよ!と思うんですけど、おばはんは我関せずみたいな顔しちゃってるんですね。いやいやあなた発祥やしこの雫。むしろあなたが拡散さえもしてるし、すごいよ!許せない!ほんとは許せないから油煮え滾る鍋に入っておばはんのアヒージョになってほしい!

そんなことも私の良心にかかれば、生活の1つのシーンになるのです

階段で傘を武士持ちしてる人


武士持ちっていうのは、傘をまっすぐ持たずに妙に斜めに持ってることですね。帯刀してる?というポージングで傘持ってる人がいるんですよ。これはサラリーマンが多いですね。

武士持ちというのは、形だけじゃなくて危険性も表現しているんです。

例えば階段の少し上のほうに傘を武士持ちしてる人がいるとするじゃないですか。そしたら下段にいる私のデコくらいに傘の先端がきてるんですよね。即ち死。死を感じるんですよ。実際当たることもあるんで、武士でもなんでもないなにものにもなれなかったサラリーマンにボロボロの傘で攻撃などされたくないです。許せない!あ〜〜もう許せないったら!あんたのこと!耳からうどん通して脳みそでちょうちょ結びにしてやりたいくらいよ!

だけど私の良心にかかればそれも雨の日の1つのシーン。そう、殺人的シーンも人の良心で日常まで落とされてるだけなのです。


ところ構わず傘の雨を落とす人


あれれ〜?すぐ隣りに私っていう人間が存在しているよ〜〜??私、いますよ〜〜!そう、飲み会などでは存在を忘れられがちな私ですが確かに存在しているんですよ〜〜?おかげでびしょ濡れですよ!ありがとうございます!殺意!


雨の日というのは1つのイレギュラーです。その際にこそ、人の本質というのは自ずと出てくるのではないでしょうか。1つでも、俺これやってるわ!と思ったひとはこのブログの広告でもクリックして罪ほろぼしをしたほうがいいでしょう。