読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

無欲、それは苦しい

26歳OL一人暮らし

ブログを更新しなかった反省

なにか書かなければと思う時は既に書きたくない。

ああブログ放置しているな、何か書かなければ、と思う時。もうそこにブログは無くてもいい。それはきっと毎日のどこかに置き換えて考えることができる。

ああ食べてない野菜が冷蔵庫にあるな、ああ最近会っていない彼氏がいるなとか。それは実はもう要らないもので、何かに場所を奪われてしまった敗者だ。もしかすると、あなたが適当に買ってきたコンビニ弁当かもしれないし、はたまた適当に声をかけてきたどっかの馬の骨かもしれない。

案外私たちの人間性は低いもので、天才的なひらめきや思いつきだの、気持ちの良い言葉で彼らを捨ててしまう。まるで天からのささやき、内なる声に引き寄せられて惹かれあっただの。それらの一切は全て言い訳であり、私たちの意思決定には「めんどくささ」や「飽き」等、おかんに怒られてきた全てが詰まっている。

もしも、その決定を恥じて「反省した」だの「頑張る」だの言い始めたならばもう何も決められない。賛成の反対なのだ!私の中には何もなく、主義や主張もない空白をただ見せつけて、何かあるように見せている。私はブログをさぼるとこのように自己否定の上にまた自己卑下まで初めて、結果、やっぱまた書くのよと続けてきた何もない生き物。最近また転職して、よかったな等思い、生活に満足していたため特に更新していませんでしたが、何もない生き物は何かあるように振舞うため、頑張って更新していこうと思います。

「バチェラー・ジャパン」で見る、破滅的な恋心と選ばれない女たち

最近、「バチェラー・ジャパン」っていうリアリティ番組を見たんです。

mdpr.jp

 

(※公式サイトが見つけられなかったので、一番公式サイトっぽいモデルプレスの記事URLを紹介しております。)

 

バチェラー・ジャパンとは?

25人の女性が1人の男性を巡って競い合うという内容で、毎週2名の女性が脱落していきます。元々はアメリカ発のリアリティ番組だそうで、肉と肉の間にチーズ挟んでハンバーガーという国は流石違うな、と思います。

 

番組に出れるくらい整った女たちを25人も集めて、そこから1人を選び、彼女にするって相当リッチな体験ですよね。どんなイケメンが選ぶんや、と思って男を見ると確かにイケメンです。

【バチェラー徹底解説!これを読めば分かる】男1人vs美女25人のリアリティ番組<内容・ルール・久保裕丈・参加美女> - モデルプレス

 

東京大学大学院を卒業し、自身で会社を立ち上げて売却、今は次の冒険を、そして理想の女性を追い求めているセレブな独身男性。 

「ぼくが考えたさいきょうの独身男性」という感じがすごい。多分競馬もパチスロもしないでしょうし、ポテチ食べた手でキーボードも叩かないでしょう。

 

一方、女たちはなかなか欲を全面に出した婚活猛者が多く、見ていて「しんどい」と思うことが多々あります。女の打算、悪口、僻みを見せつけられます。なんでそんなの見てるの? と思うでしょうが、これは女が消費されていく様と、滅びゆく女たちを愛でる番組なのです。

 

毎週捨てられていく2人の女

前述の通り、「バチェラー・ジャパン」では毎週2人の女性が脱落していきます。

序盤で脱落ならば「話が合わなかったのかな」くらいの軽いダメージで終われるかと思いますが、この番組のしんどいところは、何回もデートを重ねて甘い言葉を吐かれながらも脱落するところです。

 

「先週、二人でデート行ってましたやん!」という人も容赦なく脱落していく様を見ると、本カノに上がれない女はただ消費されている、ということがよく理解できます。

 

どれだけ恋心を募らせても、彼のなかでは25人のなかから比較をしているのです。

女の視点では1対1ですが、男からすれば1対25なわけで、彼の立場や嗜好を含めて暴力的に選ばれているし、捨てられている。最高にえげつないことをやってのけているのです。

 

それって案外身近でも起きていることですよね。本カノに上がれないことは、いつか捨てられる未来に向けて自身を消費しているのです。24名の脱落は、現在いびつな幸せに微睡んでいる女の危機感を煽ります。

 

イカれたイケメンと破滅的な女たち

毎週2名の女性を脱落させておきながら「ぼくにも辛い経験だけど、みんなで頑張っていこう」と言ってのけるんですよ。これ毎週の恒例なんですけど、男性のメンタリティすごくないですか? イカレてますよね? こんなイカレたやつを誰が好きになるのか、と思って番組を見ていると、残された女たちは週を追うごとに男性に恋していくんです。

 

かわいい綺麗な女たちがイカれたイケメンに純粋に恋していく様を見ると、なんて恋は破滅的なのだろうと思うのです。「イケメンだから」許されるのではなくて、「好きになってしまったのだから」許されている。きっと賢い女たちは、恋心の裏側で「こいつイケメンだけど頭おかしいよな?」と思いながら、好かれたい一心でその疑念を頭から消しているのでしょう。はぁ? 一途で超かわいいんですけど? そしたら毎週見ちゃうじゃないですか、やだーーー!!!!!!

 

そうなんです。恋してる女の子にいつか視聴者も魅了された結果、毎週見ちゃうのです。恋って本当に破滅的で、魅惑的。来る春に向けて恋したい方はこの土日に見てはいかがでしょうか。

 

あの時、泣きたかったんでしょ

昼に言われた言葉が、夜になっても頭で木霊している。

 

それはとても的を射た批評だった。

言われた瞬間にサッと血の気が引いて、途端に頭に血がのぼるような感覚がした。その感覚だけは覚えている。以降の感情は全く覚えていない。言葉に触れても何も感覚を伝えぬよう、感情のケーブルを取り去ってしまったのだろう。恐らく私はヘラヘラ笑っていた。確かな違和感を覚えながらも、こんなもので傷つくまいと自負があった。

 

馬鹿らしい。あの時、泣きたかったんでしょ。いくら正しいことを言われたとしても、あんたは悲しくて悔しかったんでしょ。悔しさを表に出さなくとも、頭のなかでループする言葉を掴んで衝動のままに何回も刺して刺して、切り裂いてしまえばいい。それさえしないのは、圧倒的に正しい批判に対し「私は理解している」というポーズを取りたい自己擁護だ。

 

正しいものを「正しい」と言いたいし、思いたい。けれど実際にそれを素直に認めるまでには、歪に折れ曲がった腸に言葉を入れて溶かし、一部を吸い取って、養分にするプロセスがある。これは瞬時には出来ず、時間がかかるのだ。受け止めるまで「プライド」「思い込み」「勘違い」というフィルターが過剰に働いて、怒りや必要以上の自己批判というアレルギー症状を生み出す。

 

「私は大人なのだから正しさの前には従う僕たれ」と頭で決め込んでいるが、心はどうだ。今や痙攣して泡を吹く心を見ながら「正しさの前には従え」と綺麗な洋服を着て話すお前は美しいのか。殺された心が三途の川に渡る度に、ひとつひとつ川底に落としてきてしまった情熱やら哲学やら思想は、もう戻ってこない。いつか全て持たない、何者でもないモノになることにも気づいている。

 

悲しい時には泣いてしまえばいい。たとえ、その悲しさが人に理解されなくてもいい。甘えだと言われてもいい。いつか悲しいとも感じなくなる前に自分のために泣いてしまえ。あの時泣けたらよかったね、と嘲笑する自分になる前に。

 

 

スマホばかり見て何が悪い

最近の若い子はスマホばかり見て…、と聞くけれど、スマホばかり見るのはそんなに悪いことだろうか。

 

電車でふと周りを見ると、みんなスマホを覗き込んでは思い思いの時間を楽しんでいる。あるCMでは、そんなものを見ずに桜を見に旅に出ようと訴求するが、私たちは毎日スマホを見つめる時に、桜のような非日常を求めてはいない。毎日の隙間に落ち込んだ、楽しい日常の何分かを手で掬い取っている。

 

もしスマホで見ているものが、遠くから送られてきた姪っ子の写真や、家事の隙間を縫って送られてくる赤ちゃんの写真だったとして。彼らは狭く詰められた鉄塊のなか、やわらかな温もりを思い出しているのではないだろうか。液晶から照らされた人工的な光であろうと、彼らにとって光であることには変わりない。

 

全員がスマホを見つめる姿はもしかすると不気味に見えるのかもしれない。何故なら、彼らが何を見つめて、何を楽しそうにしているのか、観測者からは予想もつかないからだ。

今までは新聞や雑誌、漫画など、何を読んでいるのか分かるモチーフがあった。それらを車中読んでいたとしても、観測者は彼らが何を読んで、どんな状況なのか推測することができた。

一方でスマホはどうだろう。何を読んでいるのだか、何を見つめているのだか、そもそも何をしているかさっぱり見当もつかない。中にはスマホを見てニヤニヤしたり、食い入るように見つめる人もいる。観測者にとっては、何をしているのか理解できず、不気味この上ない。

 

理解できない違和感を、「スマホばかり見て」という言葉に当てはめた時、私たちはきっと楽になった。他者の行動を想像する力を忘れて、気味が悪いと割り切ってしまえば、これ以上考える必要がなく、楽になるのだ。

 

スマホばかり見て」という言葉を、若者をなじる言葉に使い始めたら、より楽になった。若者らしい品のない行動とすることで一律に否定できるようになったからだ。条件反射のように否定しても自らが責められる立場にならなくて良いのは非常に楽な話だ。

 

しかし、もう一度考えてみよう。私たちはスマホで何をしているのか。何を待ち受けにして、誰とLineして、誰の写真を保存しているのだろう。きっとスマホのなかにはデータ分の愛情が詰め込まれている。私たちは疲れ切った毎日のどこか、ほんの数分の間にそれを見ては、彼らしか与えてくれないエネルギーや元気を貰って、また現実に戻る。

 

スマホばかり見て、なにをしているのだろう。きっと私たちは笑顔になるためにスマホを覗く。

 

 

仕事変えて気づいたやばいことたち

人の靴先舐める仕事とよく書いていたんですが、前職ではインターネット関連の会社に所属しておりました。

 

大体の連絡はチャットでした。MTGの際にはDocsに作った資料をモニターに繋げて発表という感じで、資料はチャットにポイってしておくとPCでぽちぽち見てもらえました。

現在は転職してインターネット界を離れて、人の頭の上を見た後に靴の先をじっと見つめて時間が過ぎ去るまで素数を数える仕事をしているんですけど、インターネット界の違いを痛感する毎日です。

 

ホッチキスの針の入れ替えができない

インターネットの会社入ってからホッチキスを使ったことがなかったんですよ。資料は大体データなので紙をまとめる必要なんてなかったんです。

これまでの人生でもホッチキスって使ったことほぼ無くて、針を入れ替えるほど使ったことってないんですよ。そしたら普通の会社って紙資料でMTGされるんですってね。いやぁ〜言えないですよね、26歳で初めてホッチキスの針変えたって。まぁ、針変える時にホッチキスのどこ開けたらいいのか分からなくて、変な開け方してたらバレたんですけどね。はっはっは! エコの精神どこいったんや、エコエコアザラクしてもうたんか? 

 

カラーで印刷する時は精神を削ってしまう

誤ってカラーで印刷したら怒られるようです。

一般社会では印刷する機会が多いためか、印刷一つとってもコストが馬鹿にならないんですってね。入ってすぐの時に印刷ミスってカラーで出したところ、優しく確実に締め上げられました。以後、カラーでかなりの枚数を印刷しなくてはいけない際には、緊張で体が痙攣し、ブルブルと小刻みに震える闇の右手を押さえつけなくてはいけなくなり、私はこれを「カラー印刷恐怖症」と呼んでいます。

 

社内チャットでは雑談しないので、コミュニケーションがわからない

インターネットにズブズブに浸かりきると、社内のチャットで大量のコミュニティを生み出し、業務系のチャンネルでもそれ以外のチャンネルでも話しまくることで各人のキャラクターを知れました。

世の中の一般的な会社では恐らく、「ヒューッ!」というノリでチャットをしないらしく、淡々とした業務連絡が流れてきます。現実世界では勿論、寸暇を惜しんで労働しているので業務外の話をしません。最初にチャットでどこまで冗談が言えるのか試して…ということが出来ないのですが、皆さんどうやって解決してるんです? たばこ? 酒? 女?

 

新聞の読み方わかんない

ニュースなんてインターネッツで調べたら良いと思っていたのですが、そうもいきません。新聞を読んで世の中を広く知らねば、会うたびに会話の導入で天気の話しかしないお天気おばさんになってしまいます。そこで、就職活動の時も死ぬ気で避けていた新聞を初めて読むようになりました。

一線の間仕切りで違うテーマが隣接しているレイアウトには度々発狂しそうになりましたが、一ヶ月毎日読んでたらなんとか読めるようになってきました。毎日あの紙を埋めるニュースが生まれ、明日には消える諸行無常を感じながら黙々と読み、一日一日の老いを感じている悲しい日々です。

 

 

環境が変われば方法も変わります。方法が変わる時に初めて文化の違いを知るのでしょう。名刺交換も碌にやったことが無くて、何回か「無礼すぎて死ぬかな」と思ったんですが、なんとか毎日を過ごしています。一般社会に馴染もうとしている異星人ですが、いつか地球の水もおいしくいただけるように心を機械化していきたいです。

 

Googleトレンドで見るユーリ!!! on ICEの影響力

みなさんご存知ですか? 昨年、アニメ界に彗星のごとく現れ、いまだ多くの女性の心を掴んで離さない「ユーリ!!! on ICE」というアニメがあることを。

 

yurionice.com

 

自称どこにでもいる日本人アイススケーター「勝生勇利」が、小学生のころから尊敬しているフィギュアスケート選手の「ヴィクトル・ニキフォロフ」と共にグランプリシーズンで金メダルを獲るべく奮闘するアイススケート青春アニメです。

 

一話目から美しいロシア人の尻が見られたり、主人公がエロスの表現を追求した結果「カツ丼になる」という意思表示をしたりと、普通のスポーツ青春アニメとは異なった内容になっていました。

 

内容の素晴らしさやアニメの美しさ、ディーンフジオカが主題歌作詞作曲&歌ってて最高、DVD初動5万超えた、など様々な感想・考察はすでにまとめられていると思います。今回はGoogleトレンドからわかる範囲で「ユーリ!!! on ICE」がもたらした影響力を見ていきたいと思います。

 

ピロシキ」で見てみた

 ピロシキはロシアでよく食べられる惣菜パンです。

作中では主人公のライバル「ユーリ・プリセツキー」が祖父手作りのピロシキが一番美味しいと語るハートワーミングなエピソードがあります。それはさておき、「ユーリ!!! on ICE」の放映後「ピロシキ」の検索ボリュームは変動しているのでしょうか。

 

右肩上がりに検索ボリュームは増えているようです。過去12ヶ月に幅を狭めてみると昨年の11月27日に急上昇しています。

また、関連キーワード部分では「カツ丼 ピロシキ」というワードが挙がっておりました。こちらは作中登場する食べ物であり、「ユーリ!!! on ICE」の影響力を窺い知れました。

 

作中登場するロシア語で見てみた

主人公のコーチとライバルがロシア人であるため、ロシア語がちょこちょこ使われます。「ユーリ!!! on ICE」のおかげでアイススケートのルールや各大会の意味を学べ、更にはロシア語も学べるなんて最高なんじゃないですかね。

 

 フクースナー(おいしいです)の場合

昨年の10月16日からグッと検索ボリュームが増えています。10月16日以前はそもそも検索されていない状況であったようですね。

 

バイ(がんばれ)の場合

 

こちらは12月11日から増えてきています。「ダバイ」は選手がお互いを健闘し合う場面で使われ、アニメ後半の中国大会、ロシア大会、グランプリファイナル部分で頻繁に登場します。そのため、作中前半から使われている「フクースナー」よりも後に検索ボリュームが増えているのでしょうね。おそらくリアルタイム勢が「ダバイってなんだ?"がばい"しか知らんぞ」と疑問に思い、検索したと考えられます。

 

 ダスビターニャ(さようなら)の場合

「ダスビターニャ」は本編のかなり前半で使われているロシア語です。ヒアリングが難しく、聞き馴染みが無いため視聴者には厳しい単語でしたが、そのハードさが視聴者の知識欲に熱をつけたのでしょう。どうして第二外国語をロシア語にしなかったんだ…と嘆く女たちの顔が目に浮かびます。

 

三つまとめて見た場合

意外にも「ダバイ」が一番検索されていることがわかりました。

「フクースナ」と「ダスビターニャ」は雰囲気的に意味がわかる使われ方をされていたので、調べずとも理解する人も多かったのではないでしょうか。一方「ダバイ」は後半になればなるほど頻出単語になりますが、文脈的に意味を把握しにくい使われ方をされているので「なに言ってるかわからん!気になる!!!」と知識欲くすぐられて検索されたと考えています。

 

 

Googleトレンドで見ていくと、以前まで特に検索されていなかったロシア語が検索されるようになったことが分かりました。

人は疑問を抱き、好奇心や知識欲に突き動かされて検索します。その数が小規模ならばそこまでですが、こう見ると多くの人がアニメをきっかけにですが、未知に触れられたのではないでしょうか。未知に触れた部分で言えば、私はこのアニメを見て、ロシアでは右手の薬指に結婚指輪をすることを知りました。

 

女のクズがたくさん見れる「東京女子図鑑」がやばすぎる

女にも大小様々なクズが存在していますが、優しい私たちはクズを見ても「こいつはクズ」と切り捨てることができません。クズの流れは強く、私たちは濁流に飲み込まれる葦よろしく、流されても踏まれても持ち前の精神力で持ち直すことを押し付けられています。しかし、もしクズのパターンを知っていればどうでしょうか? 2017年はもう女のクズに付き合いきれるほど時間も金も余っていないでしょう。

 

そんなみなさまには本日「東京女子図鑑」をおすすめしたい。こちらはみんな大好きAmazonプライムにて視聴していただけます。

 

東京女子図鑑のやばさ「主人公がクズ」

主人公「綾」は秋田生まれ秋田育ち。夢は無く、ただ「人に憧れられる存在になりたい」という思いから、就職を機に東京さやっできだ。ここでやばいのは、女性が憧れるものを手にしたいという原動力だけで東京にまでやってきてしまう綾の頭すっからかん具合です。銭勘定が出来ず夢を食って生きているため、新卒で月給21万円にもかかわらず青山一丁目で7万以上の物件を探し歩くという暴挙もやってのけます。甘やかされて育った田舎の女はすごい。

 

東京女子図鑑は主人公「綾」の年齢に合わせて、住む場所が変わります。最初は三軒茶屋、その次は恵比寿…となんとなく生活が上質になっていくように描かれています。場所と生活の質を紐付けている部分も非常に頭すっからかんでよろしい。特筆すべき頭すっからかんポイントは、30歳までにデートで連れて行ってもらえたら良い女とされる(らしい)念願の「ジョエル・ロブション」にデートで行けることが決まり、ジョエル・ロブションに行くための服を買う際にリボ払いを選択する部分です。

今まで何人の無謀な学生がリボ払いに泣いてきたのでしょうか。世界からリボ払いと戦争が無くなれば何人の笑顔を増やせるのかと思うと切なくなります。リボ払いを恐れず使う主人公の綾•28歳(新ブランドのPRマネージャー)は大人になっても金勘定ができないままなのです。

 

もしも綾がただの頭すっからかんならばクズとは言いません。

綾は三軒茶屋で知り合った、偶然にも同郷の彼氏との安定した幸せを「こんなの秋田でもつかめる幸せだ」と唾棄してしまうのです。彼氏いない歴8万5千年の私はこのシーンを見たことで、歯を食いしばり過ぎて歯茎から血が出ました。本当にありがとうございます。綾のクズの根深さは、自分の住むとこ・仕事・付き合う人・幸せを選ぶ基準が全て「世間の女が言う幸せ」に照らし合わせて選択されている部分にあるでしょう。そのため、いくら周りの人が愛情をかけても「それは羨ましがられない」と思えば一瞬で捨てられてしまうのです。

 

綾のクズさが霞むくらいに周囲もクズ

不思議なことに「東京女子図鑑」を見ていると、主人公・綾のクズさが気にならなくなるんですよ。なんでかと言うと、その周囲が綾を超えるくらいにアレなアレだからです。

 

会社の同期同士で足の引っ張り合いをする女たち。同期を貶めたくて興信所まで使う女。一緒に合コンまで行っておいて、主人公にハイスペックな彼氏ができると悪口を言う同僚。28歳の女を捕まえておいて「結婚する気はない」と言ってのける男……。香ばしい! 今4話まで見れるんですけど、その中でこいついいやつだなと思ったのはわずか2名で、なおかつちょい役でした。

 

本当、見てみてください

別に私Amazonプライムの回し者でもありませんし、東京カレンダーの回し者でもありません。人様の靴をなめて2銭もらうしがないその日暮らしなので何も関係ないんですけど、周りに「東京女子図鑑」見てる人を増やしたいだけなんですよね。女のある一定数は肩書きや、世間一般の幸せにどれだけ価値観を依拠しているのか、それがどうしてマウンティングに繋がるのか何となく伝わるドラマだと思います。同時に、自分のなかで一体なにが幸せなのか見つめ直す契機にもなるでしょう。ぜひ「東京女子図鑑」を見て「これがマウンティング…。このマインドは綾…。」と戦慄してください!